有事論争で開戦
防衛庁と朝日の大ゲンカ
Yomiuri Weekly 2002.7.21

今国会で最大の焦点の一つだった有事法制は、防衛庁の情報公開請求者のリスト問題などで、実質審議をほとんど行わないままに終わりそうだ。そのかわり、というわけではないが、その裏で防衛庁と朝日新聞の間で熱いガチンコの戦いが続いている。
                             本誌取材班

「誠意ある回答がない場合は、訴訟も辞さない覚悟であります」

 訴訟も辞さずとは穏やかでないが、こんな内容の内容証明の抗議文を6月18日、防衛庁海上幕僚監部が発送した。あて先は朝日新聞社だ。

 抗議は、朝日新聞が6月16日付朝刊で報じた「インド洋上補給 海自艦、米が戦術指揮 昨年来 海幕チーム容認」という記事に対するものだ。

 普通、役所がマスコミに送る抗議文は、役所側のメンツを保つために形だけの抗議で終わることが多い。それに比べ、今回の防衛庁の抗議文は、異例の過激さだ。防衛庁幹部が、こう説明する。

「これには、前段があるんです。有事法制が審議入りする直前の5月6日にも朝日は、海幕が米軍にイージス艦派遣を要請するよう裏工作をしていたという記事を載せました。これも全くの誤報だったので、内容証明の抗議文を送っていたんです」

 両記事とも海上幕僚監部の自衛官が、防衛庁内局や政府の頭越しに米側と交渉したという内容。事実ならシビリアンコントロール(文民統制)を逸脱した行為だから、確かに許されないものだ。有事法制をめぐって、反対する勢力からは、制服組の暴走に歯止めがなくなるとの懸念が出されており、記事はまさにそれを裏付けることになる。防衛庁が必死に否定に走るのも無理はない。

 まずは、5月7日に発送した抗議文。

「海上幕僚監部の幹部が4月10日、在日米海軍のチャプリン司令官に『イージス艦やP3C哨戒機のインド洋派遣を米側から要請するよう働きかけていた』とありますが、そのような事実 は全くありません」
 から始まり、
「あたかも海上自衛隊が米軍支援をめぐって独走し、文民統制を侵す行為を行っているという大きな誤解を国民に与え、海上防衛の根幹を揺るがす事態を招きかねないものであります」。

両者一歩も引かない構え

もちろん朝日新聞社は、謝罪にも訂正にも応じない。そして、追い打ちをかけるように6月16日付の記事が出た。

「1回目の抗議文は海幕の監理部長名で朝日新聞東京本社あてでしたが、今度は海幕副長名で編集局長あてに送りました。もちろん、中谷元・防衛長官の了解を得ています」(防衛庁幹部)

 6月18日に発送した抗議文は、内容も過激になっている。記事を否定する根拠を列挙した上で、
「当該記事の内容は全くのねつ造、憶測であります。これはあたかも海上自衛隊がシビリアンコントロールを逸脱して現場が独走したという印象を国民に与 えることにより、海上自衛隊に対する国民の信頼をなくそうとした意図的な記事と考えざるを得ません」
と決めつけ、前回の記事についても、
「訂正と謝罪がないばかりか、本記事においても再び引用されている」
と重ねて訂正と謝罪を要求。

 そして、
「誠意ある回答がない場合は、訴訟も辞さない覚悟であります」
と締めくくっている。

 これに対し朝巨新聞社は、本誌の取材に、「防衛庁との話ですし、もう済んだことです。他社さんにお話しすることは特にありません」(広報室)
 とそっけない。

 防衛庁に対しては、
「記事は確かな取材にもとづいて掲載したものです。『まったくのねつ造、憶測である』とのお申し越しには当たらないと考えております」
 との同答だ。

 防衛庁の情報公開講求者リスト問題は、各メディアが一斉に取り上げ、有事法制の息の根を止めた形になった。、だが、両記事については他紙が追いかける様子もない。防衛庁関係者は、
「記事が出たあと、防衛記者会に事実無根であることを説明したところ、各社とも納得していました」
 と話しており、朝日の旗色はやや悪いようにも見える。だが、満を持して送った特ダネだけに、相当の自信はあるようだ。一方の防衛庁も、
「抗議文に『訴訟も辞さず』と書いたのは初めてです。このまま黙っていては、朝日の記事が事実になってしまいますから」
 と、一歩も引かない構え。

 有事法制は日の目をみないままに終わりそうだが、その余波とも言える防衛庁と朝日の戦いは当分続きそうだ。

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