1996年3月22日、ずっと雨/曇り模様だったのが夕方から晴れて、星がぽつぽつ見えてきた。
会社を出るとき、振り返って南東の空を見上げたとき、ついにそいつが見えた-百武第2彗星だ。
まだぼんやりした光のシミ状だったが、これが後であんなに大化けするとは想像だにし得なかった。
3月23日夜、今はなき国立天文台堂平天文台の近所まで車で上がり、いつもの星見仲間4人で雲の
切れるのを待つ。26時、雲の切れ目に百武第2彗星が短い尾を曳いているのが見える。
見え方はベストではない。それでも超高感度(ISO1600)フィルム+35mm広角レンズを向け、赤道儀
でガイドする。モータードライブがなぜか言うことを聞かない。ままよ、プライヤーで微動軸を無理
に回し、手動ガイドをした。
結局雲間に姿を見せただけで、夜明けが来てしまった。
このまま彗星が通り過ぎるのを見過ごすわけには行かない!
3月25日、夜になっても快晴が続いていた。T先輩と二人、動けるものだけでいつもの観測ポイントへ
車で向かう。沈み行く半月がいつまでも西の低い空にかかっていたのを思い出す。
埼玉・群馬県境にあるいつもの観望ポイントに着いた頃には、もう夜中のお昼(午前0時)を回っていた。
見上げると百武第2彗星が、天空の端から端へ届く勢い、見た感じでは120°近い長さで頭の真上に見えていた。
すごい。こんな化け物のような彗星はもちろん初めて。
あまりの長い長い彗星の尾に、T先輩と寒さも忘れて立ちつくしていた。
でもこうしてはいられない。急いで赤道儀のセット、手がふるえているのは寒さの所為ではなかった。
こんなに大きな彗星を見るのには、人間の2つの眼が一番良い。全体が首を回せばしっかり見える。
光度は、北斗七星や春の星座の1等星からみて、それ以上明るい0等星、いや、頭部はもっと明るい
のではないか。尾は北斗七星を突っ切り天空を横切っている。
T先輩の口径90mm屈折赤道儀で覗く。徹底的に倍率を落として(焦点距離の短い接眼鏡を使って)
頭部を見ると、視野いっぱいに広がった彗星の頭の光芒の中に、ぽちんとひときわ明るい輝く緑色
の核とおぼしき光点が見えた。
こちらは60mm/700mm(口径/焦点距離)屈折赤道儀に一眼レフカメラをのせ、思い切って105mm
中望遠レンズを取り付ける。モータードライブのかすかなパルス音が聞こえるほど、あたりは何の音も
しない。
レリーズを押し込み、祈るような気持ちでフィルムに彗星の光をため込む。ガイド星を監視する時間が
もったいない。たまにガイド鏡の接眼レンズから頭を上げ、天空を一周しないと見切れない彗星の尾を
眺めた。
彗星の青白い光を眺めているときだけ、氷点下に下がった凍える寒さが気にならなかった。
闇の中から、時々「撮るぞー!」と声がする。山のそこここに、同好の士が百武第2を狙っているのだ。
薄明が始まる。急いで赤道儀を撤収し、青い夜明けの中を帰る。
私は助手席でいつの間にか眠ってしまったらしい。目を覚ましたら見覚えのある、首都高速の下を走っていた。
家で少し仮眠して、会社に出勤せねば。
その時の、たぶんベストショットがこれ。尾の濃淡模様(右上)が見えますでしょうか?
Data Nikon FM2ハ NikkorF1.8 105mm
Vixen 旧ポラリス赤道儀 60/700mm屈折に同架 k20+暗視野照明
フジ1600カラーネガ標準現像 1996年3月26日午前2時 約3分露出