ストーン先生は1926年にカナダ合同教会より日本に宣教師として遣わされ、戦前、主として長野県下で働く。戦争で一時帰国するが、 日本の敗戦を聞くや1946年10月に再来日する。農村伝道神学校の前身「中央農村教化研究所」の初代所長となる。1954年9月26日洞爺丸の台風による転覆事故によって亡くなられた。その折自分の救命道具を他の人に渡して、自分は生命を失った犠牲的働きが三浦綾子さんの小説「氷点」でとりあげられている。また生前の農村伝道の働きなどが、新堀邦司さんによって「海のレクイエム」(日本キリスト教団出版局)という伝記に詳しく取り上げられている。英文の”Requiem
from The Sea”がロバート・ウイットマー宣教師(道北クリスチャンセンター館長・本校理事)によって出版されている。
本校は創立以来、「農村伝道」を使命として歩んできました。今もその使命を受け継ぎ、農業・農村・農民が負うている諸問題やそこでなされている、命を支える大きな営みに関わりつつ、イエス・キリストの福音宣教の働きに加わりたいと願っています。
さらに本校は、人権の抑圧と差別にあらわれた今日の諸問題を神学の課題としてとらえ、農村にとどまらず、広くこの世界とそこにある教会に仕えようとしています。本校は日本基督教団の認可神学校として、教団の宣教の業に参与します。尚、本校の卒業生は全国、全世界の各地で草の根の良き働きを続けています。